Figma:AI 学習は個人・小規模チームで既定オン、エンタープライズでは既定オフだった

事案日
2025-11-21
公開日
2026-07-21
発行
Lemma Critical Team
関連 Pack
Pack AIncident Response

TL;DR

デザインツール Figma は 2024-08-15 に「コンテンツによる AI 学習(content training)」を発効させた。同社自身の公開ドキュメントによれば、この設定は Starter プランと Professional プランでは既定でオンOrganization プランと Enterprise プランでは既定でオフである(後者は現時点でオンに切り替えることもできない)。つまり、同じ製品の同じ機能について、有料の大企業顧客は既定で学習対象から外れ、個人デザイナーと小規模チームは既定で学習対象に含まれた。さらにこの設定はチーム/組織の管理者レベルにあり、個々の利用者が自分の判断で切ることはできない。2025-11-21、カリフォルニア州北部地区連邦地裁に集団訴訟 Khan v. Figma(3:25-cv-10054)が提起された。訴状は、Figma が長年にわたり利用者のコンテンツを他用途に転用しないと説明してきたにもかかわらず、既定設定と背後のポリシー変更によって顧客のデザインファイルを生成 AI の学習に用いたと主張する。原告側の構成は著作権のフェアユース論争を迂回しており、契約違反(コラボレーション提供のためだけに使うという当初の合意の破壊)と営業秘密の不正取得(デザインファイルに含まれる未公開の製品計画・ワークフローからの競争価値の抽出)を軸に据える。Figma はこれを否認し、許諾なく顧客情報をモデル学習に用いることはないとしている。本 Brief は当事者の主張の当否を判定するものではない。構造として残るのは、同意という属性が「既定値をどちらに倒したか」と「管理者がどこかの設定画面を開いたか」に還元され、収集の時点で独立検証可能な証跡として固定されていないという点である。検出と事前証明は代替ではなく補完である。


事案概要

  • 対象: Figma のデザインファイル等のコンテンツ(デザインファイル、レイヤープロパティ、テキスト、画像)と、それを用いた同社 AI 機能のモデル学習
  • 設定の実際(Figma 公式ドキュメント): content training は Starter プランで既定オン、Professional プランで既定オン、Organization および Enterprise プランで既定オフ。Organization / Enterprise については「現時点では有効化できない」と明記されている
  • 発効日: content training は 2024-08-15 に発効。同社は、管理者がこの日以降にオフへ切り替えた場合、以後の新規コンテンツと編集は学習に用いられないとする
  • 設定の所在: content training はチーム/組織の管理者設定である。Starter・Professional ではチーム単位の設定であり、個々の利用者が自分のコンテンツについて単独で選択することはできない
  • 訴訟: Khan v. Figma, Inc.(米国カリフォルニア州北部地区連邦地方裁判所、3:25-cv-10054)。2025-11-21 提起の集団訴訟。訴状は、コンテンツを他用途に転用しないという長年の説明に反して、既定設定と背後のポリシー変更により顧客のデザインファイルが生成 AI の学習に用いられたと主張する
  • 原告側の法律構成: フェアユース論争を迂回する 4 つの理論。中心は (1) 契約違反 = 利用者はコラボレーション機能の提供にのみ用いられるという説明を前提に専有的なデザインを預けており、AI 学習への転用は当初の合意に反する(生成物が何かを認識可能な形で複製したかを問わない)、(2) 営業秘密の不正取得 = デザインファイルには機密の製品計画・ワークフロー・未公開機能が含まれ、これを AI の改善に用いることは、利用者が秘密保持のため合理的措置を講じていた情報から競争上の価値を引き出す行為に当たる
  • Figma の反論: 同社は主張を否認し、許諾を得ずに顧客情報をモデル学習に用いることはないとしている。公開ドキュメントでは、コンテンツの非識別化と機微情報の秘匿を行い、モデルが学習するのは一般的なデザインパターンと Figma 固有の概念・書式であって利用者のコンテンツ・着想そのものではないと説明している
  • 根本原因: 同意という属性が、収集の時点で独立検証可能な証跡として固定されていない。同意の有無は「既定値がどちらに倒れていたか」「管理者が設定画面に到達したか」という運用上の状態に還元され、後から「このコンテンツは同意のもとで学習に用いられたのか」を第三者が検証する手段がない

タイムライン

  • 2024-08-15: content training が発効。Starter・Professional プランでは既定オン、Organization・Enterprise プランでは既定オフ
  • 2025-11-21: Khan v. Figma, Inc.(3:25-cv-10054)がカリフォルニア州北部地区連邦地裁に提起される。契約違反・営業秘密の不正取得等を軸とする集団訴訟
  • 2026: 係争中。Figma は主張を否認

注: 設定の既定値・発効日・設定の所在は Figma 自身の公開ドキュメント(一次)に基づく。訴訟における事実主張は原告側の主張であり、裁判所が認定した事実ではない。Figma はこれを否認している。本 Brief は当事者の主張の当否や法的責任を判定するものではなく、公開情報から確認できる設定の構造を対象とする。訴訟の最新の進行状況は公開前に確認されたい。


事象連鎖

  1. 利用者によるコンテンツの預託: 利用者が、コラボレーション機能の提供を前提として、専有的なデザインファイル(レイヤープロパティ・テキスト・画像を含む)を Figma に預ける。ファイルには機密の製品計画・ワークフロー・未公開機能が含まれ得る
  2. 既定値による学習対象化: 2024-08-15 の content training 発効により、Starter・Professional プランのチームは既定で学習対象に含まれる。Organization・Enterprise プランは既定で対象外
  3. 設定所在の非対称: content training はチーム/組織の管理者設定であり、個々の利用者は自分のコンテンツについて単独で選択できない。管理者が当該設定に到達しない限り、既定値が維持される
  4. モデル学習への利用: 対象となったコンテンツが、Figma の AI 機能のモデル学習に用いられる。第三者ベンダー(OpenAI 等)が処理に関与する
  5. 事後の争点化: 利用者側が転用を認識し、2025-11-21 に集団訴訟が提起される。争点は、生成物が何かを複製したかではなく、預託時の合意の範囲と、機密情報からの競争価値の抽出に置かれる

構造的論点

本事案は Pillar 01(来歴)の training-data-provenance カテゴリに属する。中心的な失敗 primitive は、学習に用いられるコンテンツについて、同意という属性が収集の時点で独立検証可能な証跡として固定されず、既定値と管理者の設定操作という運用状態に還元されている点にある。secondary に、預託されたコンテンツの利用範囲の来歴が追えない点で data-provenance、同意という権利属性が利用の前に検証されない点で attribute-proof-bypass を併記する。

本事案は Brief No.008(Discord スクレイピング)・Brief No.036(CommonPool 学習データ PII)・Brief No.079(Common Crawl の生きた認証情報)と、学習データの来歴と同意が収集の時点で確定されない構造で連なる。ただし決定的な差がある。008・036・079 が扱ったのは「公開されているデータを、公開されているという理由で取り込んでよいか」という問題だった。本件が扱うのは、契約関係にある顧客が、特定の目的のために預けた非公開のコンテンツである。「公開 ≠ 同意」ではなく、「預託 ≠ 転用の同意」が論点になる。このため争点は著作権・フェアユースから、契約と営業秘密へ移る。Brief No.054(Sora 2 × 日本 IP、opt-out から opt-in への反転)とは、確認層を利用の後ではなく前へ置き直すという同じ方向で通じる。Brief No.052(Discord 年齢確認ベンダーの ID 流出)とは、属性の取り扱いと証明が分離されていない点で隣接する。

本事案に固有なのは、同一製品の同一機能で、既定値が顧客区分によって逆に倒されていた点だ。Organization・Enterprise は既定オフ(かつ現時点で有効化できない)、Starter・Professional は既定オン。この非対称は Figma 自身の公開ドキュメントに明記されており、争いのない事実である。ここから読み取れる構造は、同意が「利用者が何に合意したか」ではなく「どの契約区分に属し、管理者が設定画面に到達したか」で決まっているということである。交渉力のある顧客には既定で保護が与えられ、そうでない利用者には既定で与えられない。共通する primitive は同じである。すなわち、データの利用が、その利用に対する同意を検証する層と切り離されている


検出と証明の落差

Figma による公開ドキュメントでの設定の明示、非識別化・機微情報の秘匿の説明、管理者向けの切り替え手段の提供、第三者ベンダーの一覧公開といった透明性の系列は、利用者が状況を把握し対処するために不可欠であり、本 Brief がその役割を否定するものではない。訴訟と報道による可視化も、業界全体の運用を見直す契機として機能する。検出と開示は確かに役割を果たす。

一方で、これらは「いま学習に用いられているこのコンテンツが、その利用について同意を得たものか」を、そのコンテンツが学習に取り込まれる時点で独立に立証する材料にはならない。既定オンの状態で預けられたコンテンツと、管理者が明示的にオンへ切り替えた上で預けられたコンテンツは、学習データとしては区別が付かない。設定を後からオフにしても、同社の説明によれば効果は以後の新規コンテンツと編集に及ぶのであって、それ以前の取り込みを遡って否定するものではない。監査で「この学習データは同意のもとで収集されたか」を立証する材料として、「当時の既定値がオンだった」「管理者がオフにしなかった」という事実は、同意の独立した証跡にならない。訴訟が契約違反と営業秘密の構成を採っているのは、まさにこの点――生成物が何を複製したかを検出しても、預託時の合意の範囲は確定できない――を反映している。これは検出・開示層の射程外にある、構造的に独立した層の落差である。

事前証明(pre-action attestation)は、コンテンツが学習に取り込まれる経路に、同意属性の証明を 1 段挟むことでこの落差を埋める。取り込みの前に「このコンテンツについて、この用途での利用が権利者によって認可されているか」を、既定値や設定画面の状態とは切り離して検証し、証明が伴わなければ取り込みを事前に block する。そのうえで、取り込まれた各データに同意の証明を改ざん耐性のある形で結び付ければ、後から第三者が「この学習データは認可された範囲に属する」ことを検証できる。これは利用を禁止する仕組みではなく、認可された利用と、そうでない利用を、事後の係争ではなく収集の時点で分離する仕組みである。事前証明は検出に対する代替ではなく 補完 であり、両層の組み合わせで学習データ収集の trust boundary が確立される。


対応経緯と業界動向

  • Figma の説明: 同社は公開ドキュメントで、content training の既定値をプラン別に明示し、管理者による切り替え手順を示している。データ保護については、保存時・転送時の暗号化、アクセス制御、第三者モデル提供者に対する自社モデル学習への利用禁止、ベンダーのデータ保存期間の制限を挙げる。モデル学習にあたってはコンテンツの非識別化と機微情報の秘匿を行い、学習されるのは一般的なデザインパターンと Figma 固有の概念・書式であって利用者のコンテンツ・着想そのものではないとする。Figma for Education・Figma for Government のデータはモデル学習に用いないとしている
  • 訴訟における否認: Figma 側は主張を否認し、許諾を得ずに顧客情報をモデル学習に用いることはないとしている。原告は損害賠償と、権利を侵害する AI モデルの使用を恒久的に差し止める命令を求めている
  • 法律構成の移行: 本件を含む近時の学習データ訴訟では、争点が「生成物が何を複製したか」という著作権・フェアユースの議論から、データセットの来歴――学習コーパスがどこから来たか、どう構築されたか、権利と管理の連鎖を示す記録が存在するか――へ移りつつある。契約違反と営業秘密という構成は、この移行の一形態である
  • 業界横断の論点: 既定オンによる学習組み入れは Figma に固有の設計ではなく、複数のプラットフォームで同様の構図が指摘されてきた。加えて、米カリフォルニア州の生成 AI 学習データ透明化法(AB 2013)が 2026-01-01 に施行され、開発者に学習データの出所と内容の公表義務が課された。透明化の義務が広がるほど、「開示された」ことと「同意のもとで収集された」ことを区別できる証跡の必要性が高まる

学習に取り込むコンテンツの同意状態を、収集の時点で既定値や設定操作とは独立に検証する層の不在は、特定製品の設定設計の問題ではなく、顧客コンテンツを自社 AI の改善に用いる事業者に横断する課題として残っている。


Lemma による分析

本事象で露呈した検出と証明の落差(同意が既定値と管理者操作という運用状態に還元され、収集の時点で証跡として固定されていない)に対して、Lemma は、コンテンツが学習に取り込まれる前に、その利用に対する同意を独立検証可能な暗号証明として要求する設計を提示している。

  • 取り込み前の同意属性証明: コンテンツを学習に取り込む前に、「このコンテンツについて、この用途での利用が認可されている」ことを検証する。「既定値がオンだった」「管理者がオフにしなかった」ことを取り込みの許可条件にしない
  • 学習データへの来歴バインド: 取り込まれた各データに、同意の範囲と取得時点の証明を改ざん耐性のある形で結び付ける。後から第三者が「この学習データは認可された範囲に属する」ことを検証できる状態にし、係争時に「当時の設定状態」を再構成する必要をなくす
  • 契約区分に依存しない一貫性: 同意の証明を契約区分や管理者の操作履歴ではなくデータそのものに紐付けることで、交渉力のある顧客とそうでない利用者の間で保護の水準が既定値によって分かれる構造を、設計上解消する
  • 選択的開示: 「この取り込みが同意スキーマを満たす」ことだけを最小開示し、コンテンツの中身、製品計画、未公開機能といった営業秘密は開示しない。透明化義務への対応と機密保持を両立させる

これにより、収集の時点で固定された証明が、「この学習データは同意のもとで取得されたか」を、事後の係争ではなく取り込みの前に独立検証可能なトレイルとして機能させる。検出(事後の開示・設定の可視化・訴訟による争点化)は発覚後の是正に、事前証明(取り込み前の同意検証と来歴バインド)は学習データ収集の独立検証に、それぞれ相補的に働く。


Sources


Brief 配布について

本資料は公開情報の構造化分析であり、特定組織への監査・診断・推奨ではありません。


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Cite this Brief
Lemma Critical Team. (2026).
"Figma:AI 学習は個人・小規模チームで既定オン、エンタープライズでは既定オフだった".
Lemma Critical Brief No.106. Lemma / FRAME00, Inc.
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