TL;DR
特定非営利活動法人 肖像パブリシティ権擁護監視機構(JAPRO)が 2026-06-25、2025 年度の実態調査を公表した。2025 年 4 月から 2026 年 3 月にかけて、主要 SNS(TikTok・X・YouTube)における肖像権・パブリシティ権の侵害疑義投稿が延べ 4 万件以上、閲覧回数は約 3.35 億回に達した。声の無断利用については、海外の現地アカウントによる多言語の冒用事案も多数確認された。画像生成 AI プラットフォーム(sea art AI・PixAI)では、芸能人等の肖像を学習させたモデル(LoRA 等)の無断作成・公開が引き続き確認されている。本調査で最も重い所見は、削除の実証結果である。JAPRO は芸能事務所の協力のもと、某俳優の肖像を使用したモデル 20 件を対象に 2026 年 1 月から 2 月にかけて削除申請を行い、削除率 100%(20 件全件)を達成した。それにもかかわらず、削除完了後に同一人物のモデルが新たに投稿される事案が確認された。検出も削除も完全に機能したが、構造は変わらなかったということである。あわせて実施された業界調査では、174 社の有効回答のうち侵害疑義事案を「全て把握」または「概ね把握」と答えた事務所は約 28% にとどまり、対応ガイドラインの策定済みはわずか 1.1%、約 52% が「検討中」だった。他方で約 51% の事務所は「事前審査・許諾があれば利用を認める」と回答しており、業界の過半数は適切な管理下での活用に前向きである。つまり、許諾したい意思は市場に存在するのに、許諾されたことを生成の時点で示す手段がない。欠けていたのは、肖像・声という属性の許諾状態を、生成物が作られる時点でその生成物に結び付け、受け手が独立に検証できる層である。検出と事前証明は代替ではなく補完である。
事案概要
- 対象: 日本の芸能人・声優等の肖像および声。侵害疑義事案が確認された場は、主要 SNS(TikTok・X・YouTube)と画像生成 AI プラットフォーム(sea art AI・PixAI)
- 報告: 特定非営利活動法人 肖像パブリシティ権擁護監視機構(JAPRO、Japan Publicity Right Protection Organization)。2026-06-25 公表の「2025年度 生成AI時代における肖像権・パブリシティ権等の侵害疑義事案の実態を調査」。調査は IPFORWARD グループの IPconnect 株式会社が受託・実施
- 調査期間: 2025 年 4 月〜2026 年 3 月
- 調査方法: インターネット調査、アンケート・ヒアリング調査、削除対応の実証
- 投稿規模: 主要 SNS における侵害疑義投稿数は延べ 4 万件以上、閲覧回数は約 3.35 億回
- 声の無断利用: 海外の現地アカウントによる多言語の冒用事案が多数確認された
- 学習モデルの無断作成: 画像生成 AI プラットフォームで、芸能人等の肖像を学習させたモデル(LoRA 等)の無断作成・公開が引き続き確認された
- 削除実証と再投稿: 某俳優の肖像を使用したモデル(LoRA 等)20 件を対象に、芸能事務所の協力のもと 2026 年 1 月〜2 月に削除申請を実施し、削除率 100%(20 件全件削除完了)を達成。ただし削除完了後も、同一人物のモデルが新たに投稿される事案が確認された。JAPRO は、一度の削除では終わらず、再投稿への迅速な対応を含む定期的なモニタリング体制の構築が不可欠であると結論している
- 業界の対応状況(174 社の有効回答): 侵害疑義事案を「全て把握」または「概ね把握」= 約 28%。対応ガイドラインは策定済み 1.1%、検討中 約 52%、予定なし 46.6%。他方、肖像権・パブリシティ権の利用方針については約 51% が「事前審査・許諾があれば利用を認める」と回答。活用にあたっての課題は、契約ルール・倫理ガイドラインの整備(90% 超)、対価設定の難しさ(約 76%)、改変リスク(約 74%)
- 根本原因: 肖像・声という属性の許諾状態が、生成物が作られる時点でその生成物に結び付けられていない。許諾の有無は生成後に人手で照合するほかなく、照合と削除が成功しても、次の生成を妨げる構造にはならない
タイムライン
- 2025-06-24: JAPRO が業界初の大規模実態調査を公表(前年度調査)
- 2025-04〜2026-03: 2025 年度の調査期間。主要 SNS および画像生成 AI プラットフォームにおける侵害疑義事案を継続調査
- 2026-01〜2026-02: 削除対応の実証。某俳優の肖像を使用したモデル(LoRA 等)20 件に削除申請を行い、削除率 100% を達成。その後、同一人物のモデルの新規投稿を確認
- 2026-04: 法務省において「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会」が発足
- 2026-06-25: JAPRO が 2025 年度調査結果を公表。あわせて、本年度新設の声優部会を通じて声優の権利保護に本格的に取り組む方針を示した
注: 事実は JAPRO の公表(一次)に基づく。JAPRO は権利者側の団体であり、当事者性を持つ調査主体である。経済的損失の試算については JAPRO 自身が「保守的な参考試算」であり「肖像権・パブリシティ権侵害の全体規模や、裁判上の損害賠償額を示すものではない」と明示し、未確認投稿・削除済み投稿・再投稿・調査対象外サービス・リアル空間や EC 上の無許諾商品・声優および音声 AI 関連被害の全体・ブランド毀損・調査対応コスト等が算定に含まれないことを列挙している。本 Brief もこの限定を踏襲する。一部媒体は調査期間を「6 月から約 2 か月」と報じているが、一次公表では 2025 年 4 月〜2026 年 3 月である。最新の一次情報を参照されたい。
事象連鎖
- 肖像・声の収集: 公開されている芸能人・声優の画像・映像・音声が、許諾の確認を経ずに収集される
- 学習モデルの作成・公開: 画像生成 AI プラットフォーム上で、特定人物の肖像を学習させたモデル(LoRA 等)が無断で作成・公開される。モデル自体が、以後の生成を無制限に反復できる資産になる
- 生成と投稿: 当該モデルから生成された画像・映像が SNS に投稿される。声については、海外の現地アカウントによる多言語の冒用を含む形で拡散する
- 拡散: 主要 SNS で延べ 4 万件以上の侵害疑義投稿、約 3.35 億回の閲覧に達する
- 検出と削除: 権利者側が投稿・モデルを検出し、削除を申請する。JAPRO の実証では対象 20 件すべての削除に成功した(削除率 100%)
- 再投稿: 削除完了後、同一人物のモデルが新たに投稿される。1 の段階に戻り、循環が続く
構造的論点
本事案は Pillar 01(来歴)の data-provenance カテゴリに属する。中心的な失敗 primitive は、肖像・声という属性の許諾状態が、生成物が作られる時点でその生成物に結び付けられておらず、許諾の有無を生成後に人手で照合するほかない点にある。照合と削除に成功しても、それは個々の投稿・モデルを取り除くだけで、次の生成を成立させない構造にはならない。secondary に、特定人物の肖像を学習させたモデル(LoRA 等)が無断で作成・公開される点で training-data-provenance、許諾という権利属性が生成の前に検証されない点で attribute-proof-bypass を併記する。
本事案は Brief No.053(YouTube ディープフェイク肖像来歴、偽の著名人が 2 億回見られても肖像の来歴は誰も確かめていなかった)の日本・TikTok 面での反復である。いずれも、肖像の来歴が生成の時点で固定されず、検出は成立するが証明が成立しない。Brief No.054(Sora 2 × 日本 IP、opt-out 公開から約 3 日で opt-in へ反転)とは、確認層を生成の後ではなく前へ置き直すという同じ方向を、片方は事業者の設計変更、もう片方は権利者側の実態調査という別の角度から示している。Brief No.050(Grok ディープフェイクの同意・年齢属性)とは、生成時に同意・権利属性が事前証明されない構造で連なる。Brief No.011(SynthID 透かしのリバースエンジニアリング)・Brief No.036(CommonPool 学習データ PII)とは、生成物・学習データの来歴が事後の検出では担保しきれない点で通じる。
本事案に固有なのは、検出と削除が 100% 成功したという事実が記録に残っている点だ。多くの事案では「検出が追いつかなかった」ことが問題として語られる。ここでは追いついた。対象 20 件はすべて削除された。それでも同一人物のモデルが新たに現れた。削除は個々の生成物とモデルに対して働く事後の操作であり、「この人物の肖像・声を使ってよいか」という許諾の問いを、次の生成の前に解決する仕組みではないからである。もう一つ固有なのは、市場側の意思が調査で可視化されている点だ。約 51% の事務所が「事前審査・許諾があれば利用を認める」と回答している。禁止したいのではなく、許諾したい。にもかかわらず策定済みガイドラインは 1.1% にとどまり、課題の筆頭は契約ルール・倫理ガイドラインの整備(90% 超)と対価設定の難しさ(約 76%)だった。共通する primitive は同じである。すなわち、生成物の作成が、その素材の許諾状態を検証する層と切り離されている。
検出と証明の落差
JAPRO による継続的な実態調査、主要 SNS と画像生成 AI プラットフォームの横断的な監視、削除対応の実証、経済的損失の試算、業界 174 社へのアンケート・ヒアリングという検出の系列は、被害の可視化と制度設計の基礎データとして不可欠であり、本 Brief がその役割を否定するものではない。削除申請の運用も、個々の権利者にとって現実的で有効な救済である。検出は確かに役割を果たす。本件では、対象範囲において完全に機能した。
一方で、本調査自体が検出層の限界を明示している。削除率 100% を達成した後に、同一人物のモデルが新たに投稿された。検出は「すでに存在する生成物・モデル」に対して働く。それが取り除かれても、「この人物の肖像・声を使ってよいか」という許諾の問いは、次の生成の前には解決されていない。JAPRO 自身が、一度の削除では終わらず定期的なモニタリング体制の構築が不可欠だと結論しているのは、この非対称性の運用側からの表現である。監視は権利者側にコストを課し続け、生成側にはコストを課さない。監査で「この生成物は、許諾された素材から作られたものか」を立証する材料として、「削除申請が通らなかった」「まだ検出されていない」という事実は、許諾の独立した証跡にならない。これは検出層の射程外にある、構造的に独立した層の落差である。
事前証明(pre-action attestation)は、生成物が作られる経路に、許諾属性の証明を 1 段挟むことでこの落差を埋める。生成の時点で「この肖像・この声の利用は、権利者によって認可された範囲に属するか」を検証し、証明が伴わなければ生成を事前に block する。あるいは、生成された成果物に許諾の証明を改ざん耐性のある形で結び付け、受け手(プラットフォーム・広告主・視聴者)が独立に検証できるようにする。前者は生成側に、後者は流通側に作用する。約 51% の事務所が「事前審査・許諾があれば利用を認める」と答えている以上、必要なのは利用の禁止ではなく、許諾されたことを機械的に示せる形式である。事前証明は検出に対する代替ではなく 補完 であり、両層の組み合わせで肖像・声の利用の trust boundary が確立される。
対応経緯と業界動向
- JAPRO の対応: 2024 年度に業界初の大規模実態調査を実施し、2025 年度も継続。本年度は侵害の根源となるモデル自体を削除対象とする実証を新たに実施した。調査は年次で継続予定。本年度新設の声優部会を通じて声優の権利保護に本格的に取り組み、関連他団体との連携のもと業界全体の環境整備を進めるとしている
- 削除実証の位置づけ: 対象 20 件の削除率 100% は、削除の運用そのものが機能することを示した。同時に、削除後の再投稿の確認は、削除が生成を止める仕組みではないことを示した。JAPRO は再投稿への迅速な対応を含む定期的なモニタリング体制の必要性を指摘している
- 業界の対応課題: 174 社の回答では、侵害疑義事案の把握が約 28% にとどまり、完全な把握はリソース的に困難との声が多い。対応ガイドラインは策定済み 1.1%、検討中 約 52%、予定なし 46.6% で、個社での策定は困難として業界全体の指針を求める声が高まっている
- 活用への前向きな姿勢: 約 51% の事務所が「事前審査・許諾があれば利用を認める」と回答。課題は契約ルール・倫理ガイドラインの整備(90% 超)、対価設定の難しさ(約 76%)、改変リスク(約 74%)。禁止ではなく管理された活用に需要がある
- 制度面: 2026 年 4 月、法務省において「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会」が発足した。声優側でも「NOMORE 無断生成 AI」等の有志の動きがあり、声の権利のあり方が論点として立ち上がっている
肖像・声の許諾状態を、生成の時点で独立検証可能な形に固定する層の不在は、特定プラットフォームの運用上の問題ではなく、生成 AI を用いる事業者・権利者・流通事業者に横断する課題として残っている。
Lemma による分析
本事象で露呈した検出と証明の落差(削除は 100% 成功したが、次の生成は妨げられない)に対して、Lemma は、生成物が作られる時点で素材の許諾属性を独立検証可能な暗号証明として要求し、生成物にその証明を結び付ける設計を提示している。
- 生成前の許諾属性証明: 肖像・声を素材とする生成の前に、「この人物の肖像・声の利用は、権利者によって認可された範囲に属する」ことを検証する。「まだ削除されていない」「まだ検出されていない」ことを生成の許可条件にしない
- 生成物への来歴バインド: 生成された成果物に、素材の来歴と許諾の証明を改ざん耐性のある形で結び付け、流通の各段階(プラットフォーム・広告主・視聴者)が独立に検証できるようにする。透かしの検出可否ではなく、許諾の証明の有無で判定する
- 学習モデルの来歴: 特定人物の肖像を学習させたモデル(LoRA 等)についても、学習素材の許諾状態を作成の時点で検証し、無許諾モデルが以後の生成を無制限に反復できる資産にならないようにする
- 選択的開示: 「この利用が許諾範囲を満たす」ことだけを最小開示し、契約条件・対価・権利者の内部情報は開示しない。約 76% の事務所が課題に挙げた対価設定の非公開性と、許諾の証明可能性を両立させる
これにより、生成の時点で固定された証明が、「この生成物は許諾された素材から作られたか」を、流通の各段階で独立検証可能なトレイルとして機能させる。権利者側が監視コストを負担し続ける構図から、生成側・流通側が証明を提示する構図へ、負担の所在を移すことにもつながる。検出(事後の監視・削除申請・実態調査)は発覚後の是正に、事前証明(生成前の許諾検証と生成物への来歴バインド)は利用の独立検証に、それぞれ相補的に働く。
Sources
- JAPRO(一次): 特定非営利活動法人 肖像パブリシティ権擁護監視機構「2025年度 生成AI時代における肖像権・パブリシティ権等の侵害疑義事案の実態を調査」(2026-06-25)— https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000024.000164682.html
- JAPRO(機構・一次): 特定非営利活動法人 肖像パブリシティ権擁護監視機構 — https://www.japrpo.or.jp/
- JAPRO(前年度調査・一次): 「生成AI時代における肖像権・パブリシティ権等における侵害疑義事案の実態を初調査」(2025-06-24, PDF)— https://www.japrpo.or.jp/img/pressrelease20250624.pdf
- IPconnect(調査受託): IPconnect 株式会社 — https://ipconnect.co.jp/
- Siliconera(声の権利をめぐる動向): “Japan May Introduce ‘Voice Rights’ to Protect Against Unauthorized AI Usage” — https://www.siliconera.com/japan-may-introduce-voice-rights-to-protect-against-unauthorized-ai-usage/
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