要点
Aim Labs は、攻撃者が送った細工メール 1 通を、Copilot が通常の要約・参照の処理で取り込むだけで、利用者の操作なしに、Copilot のアクセス範囲の社内データを外へ送らせうることを実証し、2025 年 6 月に公表した(EchoLeak)。メールに紛れた指示を、Copilot は、処理するデータと区別できなかった。Microsoft はサーバ側で修正し、実環境で悪用された証拠はないとしている。AI が取り込んだデータの中の一文は、出どころと権限を照合しない限り、利用者の命令と同じように実行されうる。
実行の前の照合=AI アシスタントが社内データを外へ送る前に、その指示の出どころと権限を照合し、記録に残すこと。検知=分類器などで、注入された指示に気づくこと。下の日付は、報告・修正・公表の日で、実証の日とは限らない。
社内データが外へ送られた
通った操作
- 通った操作
- Copilot による社内データの読み出しと、外への送出。攻撃者のメール本文は「処理するデータ」として LLM のコンテキストに入り、その中の指示が実行の対象になった。Copilot は自身のアクセス範囲の社内データを読み出し、信頼されたドメインを経由して、攻撃者の管理下へ送った(Aim Labs の実証)。
- 止まらなかった統制
- XPIA 分類器、外部リンクの墨消し、Content-Security-Policy、Copilot の参照記法といった検知・抑止の層は、参照形式の Markdown、自動で取得される画像、Microsoft Teams のプロキシの悪用などで回避された(Aim Labs)。
- 受け付けた側に届くもの
- 一般に、AI アシスタントによるデータの読み出しと送出は、利用者の依頼に基づく操作として届く。その操作が、利用者の命令から出たのか、取り込んだメールの中の文から出たのかは、データを渡す側からは区別がつかない。
- 届く範囲
- Copilot のアクセス範囲の全体(OneDrive のファイル、SharePoint の内容、Teams のメッセージ、チャット履歴、事前に読み込まれた組織のデータ)。
- 公表されていないこと
- 実環境での悪用の有無。Microsoft は、実環境で悪用された証拠はないとしている。ゼロクリックで正規の経路を使うため、通常の利用ログでは異常として現れにくい(Aim Labs)。
実行前の照合
経路を問わず区別できる条件は、AI アシスタントが社内データを読み出して外へ送る手前で、その操作が、利用者本人の命令から出たのか、取り込んだデータの中の文から出たのかを、内容の見た目とは別に照合することである。
AI が取り込んだデータの中の一文は、出どころと権限を照合しない限り、利用者の命令と同じように実行されうる。
- 誰が承認を出すか
- 利用者本人。データを外へ送る操作と、その根拠になった指示を、AI が読むメールや文書とは別の画面で見て承認する。取り込んだデータの中の文は、承認に使わない。
- どこで照合するか
- AI アシスタントが社内データを読み出し、外へ送る手前。出どころと権限を照合できない指示による送出は、照合が済むまで止める。
- 何が残るか
- どのデータを、どの指示に基づき、誰の承認で、どこへ送ったかの記録。AI とは別に、後から第三者に示せる形で残す。
メールを読むエージェントが、送信元を照合する前に資格情報を転送した OpenClaw と同じく、エージェントが照合の前に動いた型である。人が読む入力とモデルが読む入力がずれる 不可視 Unicode の指示注入 や 嘘フォント とも、取り込んだ内容が照合なしに行動へ結びつく点で通じる。
Lemma でできること
Lemma は、実行前の照合を、AI アシスタントが社内データを読み出して外へ送る操作の手前に組み込む。侵入や注入を見つけるのではなく、その操作の根拠になった指示の出どころと権限を、実行の前に、内容の見た目とは別に照合する。
注意したい業界・業務
- 業界AI
- メール・文書・チャットを横断する AI アシスタントを社内に導入している組織と、そうした AI を提供する事業者。
- 業務照会・参照
- AI に受信メールや共有文書を要約・参照させる業務。外から届いたメールの中の文が、AI によるデータの読み出しと送出につながりうる。
いまの対策と Lemma の違い
今回の経路は、1 列目(外から届いたメールの取り込み)から 2 列目(社内データの読み出しと外への送出)へ続く連鎖である。
| 対策 | 外から届いたメールの取り込み | 社内データの読み出しと外への送出 |
|---|---|---|
| モデルによる、命令とデータの区別 | 効かない | 関係しない |
| XPIA 分類器(注入された指示の検知) | 一部 | 関係しない |
| 外部リンクの墨消し・Content-Security-Policy | 関係しない | 一部 |
| Lemma(実行の前の照合) | 効かない | 効く |
モデルは、信頼できる命令と、取り込んだデータを、同じトークン列として受け取るため、データに埋め込まれた指示を区別できなかった(Aim Labs)。XPIA 分類器は、注入された指示を見つけて抑える層だが、確率による判定で、実証では回避された。リンクの墨消しと CSP は、外への送り先を絞るが、自動で取得される画像や Teams のプロキシを経て回避された。Lemma は、取り込みそのものは止めず、社内データを外へ送る操作を、その指示の出どころと権限の照合に結ぶ。実行の記録も残るので、AI の説明に頼らずに、どのデータを、どの指示で、誰の承認で送ったかを確認できる。
注:Lemma の照合が働くのは、AI アシスタントがデータを読み出して外へ送る操作に照合を組み込み、利用者の命令と権限が、AI が読むデータとは別に管理されている場合に限る。利用者が、指示の出どころを見ないまま送出を承認すれば通る。正規のドメインを経由する送出は、送り先だけでは見分けにくい。表は何を照合しているかの比較で、今回の事案で止まったかどうかを示すものではない。Lemma は、侵入を検出・防止するものではない。
AI アシスタントを社内に導入している組織で確認する 3 項目
- AI アシスタントが取り込む外からのメールや文書を、利用者の命令と同じ扱いにしていないか。
- AI アシスタントが読み出して送ったデータと、その根拠になった指示の記録を、AI とは別に見られるか。
- AI アシスタントがアクセスできる社内データの範囲を、業務に要る範囲に絞っているか。
事実と時系列
- 対象
- Microsoft 365 Copilot(Outlook・SharePoint・OneDrive・Teams などを横断する、RAG ベースの企業向け AI アシスタント)。
- 識別子
- CVE-2025-32711。CVSS 9.3(Critical)。
- 発見と報告
- Aim Labs(Aim Security)が発見し、Microsoft Security Response Center(MSRC)へ非公開で報告した。
- 攻撃の性質
- ゼロクリック。攻撃者が送ったメール 1 通を、Copilot が通常の要約・参照の処理で取り込むだけで成立し、被害者の操作は要らない。
- 研究者が示した流れ
- Copilot は、受信メールや SharePoint の内容を、信頼の境界を分けずに同じコンテキストへ結合して処理する。LLM は、命令とデータを同じトークン列として受け取り、データに埋め込まれた指示を正当な命令と区別できない(Aim Labs は LLM Scope Violation と呼ぶ)。検知・抑止の層を回避したうえで、Copilot が自身のアクセス範囲の社内データを読み出し、信頼されたドメインを経由して外へ送る。
- 実環境での悪用
- Microsoft は「顧客側の対応は不要」「実環境で悪用された証拠はない」と表明した。本件は、責任ある開示(PoC)の段階で報告・修正された。
用語メモ
XPIA 分類器 — Cross-Prompt Injection の分類器。Copilot が取り込んだ内容の中の、注入された指示を見つけて抑える層。
ゼロクリック — 被害者がリンクを押すなどの操作をしなくても、攻撃が成立すること。
時系列
- Aim Labs が、動く PoC を作り、MSRC へ非公開で報告する。
- 初期の緩和策がとられる。
- Microsoft が、サーバ側の修正を展開する。
- アドバイザリと、攻撃の連鎖の研究が公開される(CVE-2025-32711)。同じ月の Patch Tuesday に載る。
- SharePoint・Copilot の連携などで、類似の系統が報告される。
固有名と CVE は、一次(研究機関・Microsoft のアドバイザリ・論文)に拠る。各実装の対応の状況は時点で変わるため、最新の情報を参照されたい。本件は、研究機関による責任ある開示(PoC)の段階での実証で、実環境での被害を示すものではない。公表されていないことは、対策が無かったことを意味しない。
公表後の対応
- Microsoft: CVE-2025-32711 を割り当て、サーバ側で修正した。顧客側の対応は不要とし、実環境で悪用された証拠はないとした。
- 研究: 論文(arXiv 2509.10540)は、本件を「本番の LLM システムでの、初の実世界のゼロクリックのプロンプトインジェクション」と位置づけた。LLM が、信頼できる命令と、取り込んだデータを同じトークン列として扱う点が論点になった。
- 続く報告: 2026 年以降も、SharePoint・Copilot の連携などで類似の系統が報告されている。プロンプトインジェクションへの対策の論点は、分類器による検知から、エージェントの実行の境界の設計(命令の出どころと権限の照合)へ広がっている。
Sources
- Aim Labs(Aim Security): “Breaking down ‘EchoLeak’, the first zero-click AI vulnerability enabling data exfiltration from Microsoft 365 Copilot”(発見・攻撃連鎖・LLM Scope Violation の解説、2025-06-11) — https://www.aim.security/lp/aim-labs-echoleak-m365
- Microsoft MSRC: “CVE-2025-32711 — M365 Copilot Information Disclosure Vulnerability”(公式アドバイザリ・CVSS 9.3・サーバ側修正) — https://msrc.microsoft.com/update-guide/vulnerability/CVE-2025-32711
- arXiv 2509.10540: “EchoLeak: The First Real-World Zero-Click Prompt Injection Exploit in a Production LLM System” — https://arxiv.org/abs/2509.10540
- The Hacker News: “Zero-Click AI Vulnerability Exposes Microsoft 365 Copilot Data Without User Interaction”(2025-06、手口・流出スコープ) — https://thehackernews.com/2025/06/zero-click-ai-vulnerability-exposes.html